LOGIN第119話 ある種の人間は、表と裏がある
志織には分かっていた……相手が他の誰かなら、弘は戻ってこなかっただろう。
しかし、蓮は別だ。
弘というこの役立たずの男は、雅母子に対しては、いつだって自分たち家族よりもよほど熱心なのだ。
雅に何かあれば、彼の熱意はあの義弟をも凌ぐ。
まったく、頭がどうかしている。
普通の人間なら、自分の妻や子を大切にし、守るものだ……なのに、あの男が大切にし守ろうとするのは、よその家族だ。
そう思うだけで、生きながら怒りで焼き殺されそうだった。
二階では、使用人が長い間ドアを叩いたが、部屋の中からは相変
第290話 精神病患者は家に閉じ込めておくのが一番だ「美月! こっちだ、こっち! 早くこっちを見てくれ! ここだぞ!」蓮は興奮を隠しきれない様子で、しきりに手を振っていた。そんな彼のはしゃぎっぷりを見て、美月は思わず口元を引きつらせた。――あんなにぴょんぴょん跳ねながら手を振るなんて、いくら何でも元気すぎない?本当に二十三歳なの? どうして中身は子どもみたいなのかしら。美月が落ち着いて歩み寄ると、蓮は待ちきれないとばかりに駆け寄ってきて、いきなり彼女をぎゅっと抱きしめた。「やっと来てくれた……!」突然きつく抱きしめられた美月は、何とも複雑な気持ちになった。もちろん、自分でも気づかないほど微かな喜びも感じていたのだが。「ちょっと、離して……息ができなくなりそうよ……」その言葉に、蓮は慌てて腕を緩め、彼女から体を離した。そして、心配そうに尋ねた。「どうだ? もう大丈夫?」不安そうな彼の顔を見て、美月の心もふっと和らいだ。「大丈夫よ」それを聞いて、蓮はようやくほっと息をついた。「よかった。ごめんな、久しぶりにお前に会えて、嬉しさのあまり興奮しすぎた。つい力が入りすぎちまったよ」「もういいわ。さあ、行きましょう。まずはここを出てから話しましょう」「ああ」蓮はすぐに返
第289話 まずは医者に診てもらわないと美月は後ろに目があるわけではない。それでも、背後の気配には気づいていた。――とりわけ、飛行機を降りてからずっと感じていたあの視線。あれには、はっきりと悪意がこもっていた。まるで、自分に死んでほしいとでも願っているかのようだった。だからこそ、美月はずっと警戒していた。優香がぶつかってきた瞬間、美月はすっと横へ二歩ずれた。その際、反対側の足をわずかに遅らせて引き、さらに外側へずらした。そのせいで、優香は美月にぶつかるどころか、彼女の足につまずいて転んでしまった……もともと、ぶつかるつもりで勢いよく突進してきたのだ。そのため、つまずいても勢いを殺しきれず、そのまま前のめりになって床に激しく転倒した。美月は横目でちらりと見ただけで、すぐに視線を戻した。――やっぱり、この女は頭がおかしい美月はますますそう思った。――でなければ、こんな人目のある場所で、わざわざ人にぶつかろうとするなんて。自分が何も言わず、やり返しもしないとでも思っているのか。ふん!美月は相手にする気もなく、そのまままっすぐ歩いていった……一方、床に倒れた優香は、痛みに顔をゆがめていた。転んだ瞬間、とっさに手をついたせいで、手にひどい痛みが走っていた。――痛っ……
第288話 何か精神的な問題でもあるのか?優香は当然、さらに罵声を浴びせようとした。もはや、なりふり構っていられない状態だった。だが今度は、悠真がそれを許さなかった。彼は優香に手刀を一発食らわせた。優香はその場で気を失った。客室乗務員は驚きに目を見開いた。悠真はすぐに言った。「大丈夫です。少し眠れば落ち着くでしょう。先ほどは本当に失礼しました」さすがに、妹に何か病気があるとは言えなかった。客室乗務員は言葉を失った。……本当に大丈夫なのだろうか。とはいえ、内心では少しだけ胸がすく思いもしていた。客室乗務員たちだって、腹が立たないわけではない。ただ、仕事柄、表に出さずにいるだけだ。「かしこまりました。何かございましたら、呼び出しボタンでお知らせくださいませ」悠真はうなずいた。「分かりました」客室乗務員は軽く会釈すると、その場を離れていった。悠真は少し離れた席にいる美月に目を向けた。「妹がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません……」だが、美月は彼が言い終わる前に口を開いた。「妹さんに精神疾患、それも躁病のようなものがあるのなら……ご家族がきちんと見ていてください。野放しにして、外で人に吠えたり噛みついたりさせないことです。ああいう振る舞いは、あまりにも迷惑です
第287話 ファーストクラスで騒ぐなんて!ちょうどそのとき、美月も目を開けた。実のところ、彼女は最初から眠ってなどいなかったのだ。目を開けたタイミングで、ちょうど客室乗務員がそばを通りかかった。「お客様、お食事をお持ちいたしましょうか?」美月は少しお腹が空いていたので、すぐに答えた。「お願いします」「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」客室乗務員はほかの乗客にも声をかけて回った。一人がまだ眠っていたものの、それ以外の乗客は皆、食事を希望した。ほどなくして客室乗務員が戻り、順番に機内食を配り始めた。美月は目の前に並べられた料理を見た。品数も多く、なかなか豪華な食事だった。一口食べてみると、家の料理人が作る料理には及ばないものの、決して悪くはなかった。美月がおいしそうに食べているのを見て、優香は思わず鼻で笑った。「ふん、やっぱり結婚相手次第で人生って変わるものね。昔のあんたなら、ファーストクラスに乗る機会なんてなかったでしょう?」悠真は、午前中はようやく静かに過ごせていたというのに、また妹が余計なことを言い出したのを見て、思わずたしなめた。「優香、黙れ!」だが、今度ばかりは優香も兄の言うことを聞かず、真っ向から言い返した。「私は何も間違ったことなんて言ってないわ! 自分の意見を言う自由もないっていうの?」「これ以上騒ぐなら、あとでカードを
第286話 うちの娘を見下してるってわけ?とはいえ、胸の内に溜まった不満を吐き出してしまえば、気分がすっきりするのも確かだった。雨子も、昨日から抱えていた鬱憤をようやく晴らすことができた。二人はすっかり落ち着きを取り戻していた。「そういえば、兄さんと茜の件だけど……まだ会わせるつもりなの?」雨子は冷笑した。「もちろんよ。あとで志織に電話して、明日会う約束を取りつけるわ」「兄さんがそんな話、素直に聞くと思う?」詩には、兄が大人しく母の言うことに従うとは思えなかった。ところが、雨子は自信たっぷりに答えた。「承諾するわよ」詩は言葉を失った。……本当?あの兄が茜とお見合いするなんて、どうしても想像がつかない。詩は慎重に尋ねた。「どうして承諾するの?」雨子は得意げに笑った。「結婚する気がないなら、決まるまで毎週十回お見合いをさせるって言ってやったのよ」「それに、結婚すれば美月にはもうちょっかいを出さないし、これからあの女に会っても、にこやかに接すると約束してくれたわ」詩は目を丸くした。……なるほど、そういうことだったのか。「じゃあ、これから本当に美月に愛想よくするつもりなの?」
第285話 腹の虫が収まらない一方、桐生詩が帰宅したのは、翌日の昼だった。ここ数日、彼女は友人たちと一緒に海へ出かけ、遊び回っていたのだ。リビングのソファに座っている雨子の姿を見つけると、詩は思わず声を上げた。「ただいま!」だが、娘が帰ってきたというのに、雨子はさほど嬉しそうでもなかった。ちらりと一瞥しただけで、そっけなく答えた。「おかえり」詩は、雨子が不機嫌なのをすぐに察した。「どうしたの? 誰かにそんなに腹を立ててるの?」雨子はひどく不機嫌だった。何しろ、昨日の出来事で腹が立ったまま、まだ腹の虫が収まっていなかったのだ。「何でもないわ」それ以上、話すつもりはないという態度だった。詩はそんな雨子の隣に腰を下ろした。――今、帰ってきたばかりなのだから、母さんを怒らせるようなことをしたはずがない。母さんが一番かわいがっているのは兄さんだ。兄さんに腹を立てるなんて、まずありえない。となると……詩は目をくるりと動かし、探るように尋ねた。「昨日、気に入らなかったの?」――兄さんが三枝茜とお見合いする話は、母さんから聞いていた。昨日は自分が家にいなかったから、母さんに付き添えなかった。もしかして、会ってみたら何か気に入らないことでもあったのだろうか……







